コメント一覧

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garan
遊山慕仙詩
高山風易起 深海水難量 空際無人察 法身獨能詳
鳧寉誰非理 螘龜詎叵暲 葉公珍假借 秦鏡照眞相
鴉目唯看腐 狗心耽穢香 人皆美蘇合 愛縛似蜣蜋
仁恤麒麟異 迷方似犬羊 能言若鸚鵡 如説避賢良
犲狼逐麇鹿 狻子嚼麖麞 睚眦能寒暑 噱談受痏瘡
營營染白黒 讃毀織灾殃 肚裏蜂蠆滿 身上虎豹莊
能銷金與石 誰顧誡剛強 蒿蓬聚墟壠 蘭蕙欝山陽
曦舒如矢運 四節令人僵 柳葉開春雨 菊花索秋霜
窮蟬鳴野外 蟋蟀帳中惕 松栢摧南嶺 北邙散白楊
一身獨生歿 電影是無常 鴻燕更來去 紅桃落昔芳
華容偸年賊 鶴髪不禎祥 古人今不見 今人那得長
避熱風巖上 逐凉瀑飛漿 狂歌薜蘿服 吟醉松石房
渇飡澗中水 飽喫煙霞糧 白朮調心胃 黄精塡骨肪
錦霞爛山幄 雲幕滿天張 子
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2019/3/8にNHKBSプレミアムで放送された「美の壺/巨樹」で見ました。
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2019/3/9にNHKBSプレミアムで放送された「ニッポンぶらり鉄道旅/がんばるけん!くまもとけんを探して/JR鹿児島本線」で見ました。
garan
釈文つけただけで絶えました。野口師弟像に題書した安岡氏が三浦校長に寄せた輓詩ですね。タグ貼らせていただきます。
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>がらんさん

ありがとうございます。
garan
相逢相契語人生 朴學童心無限情 椿戯瓢歌猶在眼 神交不礙隔幽明
 憶亡友三浦謙校長  老學正篤 印;安岡正篤 匏堂
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2019/02/24にテレビ愛媛で放送された「開運!なんでも鑑定団/出張なんでも鑑定団in竹田」で見ました。
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garan
惟文化四年單閼之歳、蝦夷有北虜之寇、幕府使我藩戍之、我 君侯命有司使祠官禱事于
鹽竈祠、越五年執徐之歳孟陬之月、爰整戎兵以方啓行戍于蝦夷、而寇賊不侵、四方清靜、是歳辜月卒戍而歸、此實
明神之威靈遠及于海外、而又以庇護我人民也、越明年歳名大荒落月畢玄、我 君侯復命有司使鑄工造鐵燈一座、獻
明神之祐焉、銘曰、
神顯厥靈 恭如天日 云勒斯文 永〻弗滅 
     儒官田邊匡敕奉 命撰并書
(以下列名、略之)
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ゆたま王子
ぬいぐるみが「ゆるキャラグランプリ2016in愛顔のえひめ」に参加してました。
親マップ: ゆたま王子 by winecolor
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2019/2/21にNHKBSプレムアムで放送された「英雄たちの選択/シリーズ平安の反逆者②地方の怒り都を制圧す!~木曽義仲の野望と挫折~」で見ました。
garan
羽衣天女祠碑
羽衣天女事、出於猿樂部之外、未嘗少概見者、是以論者、或謂取大己貴命御天羽車、求伉儷事以附會焉、以余觀之、凡事宣古今、人所誦設以傳諸口碑者、既有其蹤、則不可必謂無其事也、詩云維嶽降神、夫富嶽高大神秀、捜諸宇宙、未聞有其比、則是等神巽偉靈、固其所當有者也耳、巫之神、洛之妃、猶且賦詠以妃之、大氐小知理斷、夏蟲疑氷、造化妙用、殆幾乎已矣、故今斷之曰、神女事、必有之矣、若以紀載無有而致疑、則豈唯羽衣乎、大凡我古籍存于命者十之二三觀於古史風土諸記、殘闕而可見也已矣、夫羽衣事、異域之人猶傳聞稱之、豈可廢之於我邪、余一日陪、府尹牧野君、詣羽衣祠、僅存一石龕、又見其曬衣松者、枯朽已久矣、其斬成板者、藏之於洲之社司家、蓋君之尹于駿府、治績之美人皆見之、而其才之文、又施之其山川、則慨古之情、惜乎數十百年、而龕亦無在焉、遂令羽衣事茫乎就湮滅也、於是乎立石以議其蹤、修古龕着蘋蘩、以永宅厥靈、乃命漁記其事、辭曰、
維昔神神女兮降峻峰、脱其羽衣兮曬高松、芙蓉嬋媚兮乎北渚、神女揚娥兮此從容、漁人攘衣兮不肯還、要觀天仙兮羽衣舞、女也婉孌兮無力拒、鶣擧霓包裳兮飄虹徂、嶽神送風兮激其聲、海童起濤兮奏其鼓、漁子從來兮非凡骨、庶幾攀裾兮凌天間、※仙之蹤兮永不没、海嶽悠々兮見碑碣、
              龜山文學中島漁拜撰
享和三年癸亥夏  駿府尹牧野靭負源成傑立石並書
【碑陰】
羽衣天女祠碑再建記
後龜山天皇御宇、結崎世阿彌作羽衣謡曲、自此羽衣天女之事、頗為人口所膾炙、其後駿府尹牧野成傑夙慨厥蹤歸乎湮滅、令中嶋漁略紀其事、乃建一碑於松下、眞可謂千載雅擧矣、而唯憾石質不堅緻、碑面爲虧損不復可讀焉、於是乎御穂神社司長澤
雄楯氏乎總代宮城嶋文助・川口忠五郎・柴田勝五郎・石野又七・□信徒総代土谷松太郎・松田米次郎・太田彌兵衛等、胥謀別保存原碑丨、明治四十四年九月吉辰、再建此碑於其傍、以垂諸不朽、若夫其碑面則循曾所摹搨之舊、而毫不加改竄矣、要在故重此雅擧而已、應請更書此篆額及碑文、兼撰且書此記文者誰曰、靜岡縣立三保學院長池田忠一也、畫此松者誰曰、土谷風外也、   水崎萬年鐫、
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garan
(山縣邸 明治天皇行幸記念碑)
・今茲十月十有九日、 皇上辱臨有朋私邸爲榮宲大、又 恩賜銀觥貨幣、有朋謹獻來圀光刀一口・及梥陰先生書弌幅、此日侍宴者、皇族・内閣諸公・及武官若干名、富山斈校下士奏劍技、宮内官吏等演刀槍術、以供 叡覧方上饌、時使徒軍樂隊奏樂、入夜夛點球燈・放煙火、既而鹵簿告具 龍旂還 闕嗟有朋之幸、洵莫過焉、廼記臨幸始末、併録弐品来由、㠯告來茲
明治十八秊十一月
従三位伯爵山縣有朋謹識 廣羣寉鐫
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作者と句の読みを松山リハビリテーション病院に確認しましたが、資料が残ってなくて分からないとのことでした。
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作者と句の読みは松山リハビリテーション病院に確認しました。
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松山リハビリテーション病院に確認したところ、制作者は不明で没月日は像建立直後の7月16日とのことでした。
garan
  故印刷局長従四位勲三等得能良介君碑
君諱通生、稱良介、號薫山、姓得能氏、其先盖出南朝忠臣之裔、薩摩人、世仕鹿児島藩、祖新助君無子、養直助君為嗣、君父也、母得能氏、君生而孤、與母居、母氏能守家教子、君之成立、實頼其訓督云、幼頴悟異常兒、年十七為御記録所書役助、及壯苜歴中外、東西奔馳、率無虚歳、元治元年、京師騒擾、隨藩主上京、與小松清廉・大久保利通・西郷隆盛等、盡力 國事、慶應三年正月、改革藩政、君與有力焉、以勞為長嵜御附人、明治元年三月、遷御小納戸頭取御用取次見習、二年二月、轉傳事、三年四月、 朝廷徴任民部大丞、兼大藏大丞、尋任大藏大丞、十一月為大藏權大丞、允其請也、四年八月、擢出納頭、既罷、五年八月、再補司法省五等出仕、十月進司法權大檢事兼司法少丞、六年十二月、更任司法少丞、七年一月、擢紙幣頭兼任大藏大丞、叙従五位、初維新之際、造紙幣以助 國用、置紙幣寮管理其事、而製造不得其方、贋僞紛出、庶民懐疑 廷議更造紙幣、以交換舊鈔、托日耳曼國面製造焉、君居常論囑製造於海外、不唯失國體而已、他日禍害所及、将有不可測者、及其任紙幣頭也、欲以製造自任、絶贋造之途、上新築工場議、會有臺灣之役、議不輙决、君力言一日不可遷延、遂得 制可、釐寮務、理會計、置庶務、審査、調度三課、改訂工場規程及職制、分場為整理、彫刻、製肉、刷版、調査五局、罷官吏悉為傭使、俾各就業、以率衆工、毎局別部、嚴禁互通、專講防贋秘訣、立約終身従事、其青年者、 官特免兵役、而購機械于海外、聘西人教教師、君日夕巡視、率先自勉、奨勵誘導、無所不至焉、既而曰、工場營築已得 允裁、機械與教師皆備矣、獨至原紙、猶缺完善、何則外國之製、質脆易裂、 本邦之紙、有摩損患、而防贋之術、亦不可不資此、宜製精良強靱紙、以施秘訣於防贋之術、庶幾無復遺憾矣、乃謀水利之便、卜地王子村、剏抄紙局、招工人於越前、其後増置機械、製各種良紙、輸出海外、以開 國益之一端、君刻苦經營所致也、八年九月、以正院印書局、屬之本寮、更名活版局、後又置鍛冶場、以修造機械、其他修寫眞術石版術唖、皆所以助工業濟用度焉、時國立銀行属本寮、 官將改正其條例、君與屬員商跼刪定之、九年八月成、頒行之、日耳曼國所造紙幣、彩紋緻密、稱精巧、然贋造之弊、猶尚不免、且損傷日多、供給不遑、君深審其得失利害所在、斷然改製紙幣、大行交換、以歸一途建議得 可、極工盡技、數年而成、新紙幣是也、是年工場營築落成、十年一月、廢紙幣寮為局、君任大書記官、為紙幣局長、改課局稱某部、二月西南役起、急製紙幣、以為準備、命下之日、君晝夜督促、速告成、右大臣岩倉公 傳内旨慰其勞、 賜金三百圓、十一月十七日、 聖上 臨於工場、勅嘉賞君功績、賜羅紗二匹、二十八日  
皇太后  
皇后亦臨焉、十一年十二月、更紙幣局稱印刷局、従君議也、十三年七月、伊太利國皇帝、寄贈勲章、十五年六月、擢大藏技監、叙勲四等、 賜旭日小綬章、八月十七日、叙正五位、十六年十一月、叙 勲三等、賜 旭日中綬章、先是本局規制已定、自營之道略立、君欲設贏金蓄積法、申禀本省、而不被聽、會 廷議釐革財政、有節經費之令、君乃申前議、請廢定額金、局中一切費用、以蓄積金辧之、後又反覆陳疏、凡及三次、至是年二月始得 允準、君躍然喜曰、積隼所願、一朝獲伸、益率勵局員、於是局中經費悉出於自營、未幾歳計有餘、適 詔擴張陸海軍、因獻金十五萬圓、充軍備費、 朝廷嘉之、 賜内庫金三千圓、太政大臣三條公、傳  旨於姻親西郷従道、以君在蓐也、君自數年前得肺疾、荏苒不已、百方無効、遣侍醫、賜菓存問、盖異敷也、至十二月病革、以 特 旨叙従四位、二十七日終于印刷局之官舎、享年五十有九、以其月三十日、葬于青山塋域、賜祭粢金二千圓、遣侍従、特 賜・紅白皺紗二匹、以 儀仗兵護送、如例式、縉紳故舊及局員送者、凡數千人、道途充塞、觀者如堵、君軀幹壮長、眼光炯々射人、天資質直而有神識、坦懷容物、人有一技寸長一者、延攬愛顧、常自以手叩其頭曰、男児成事在精神、精神不振射、百事無成、故人須養精神、雖事有大小輕重、於己所執、專心従事、勇進不止、莫不到焉者、毎以此勸勵屬員、凡方計一事起一業精思深慮、洞察其前後始末、信其必可成、屹然持重、不少動、其對長上議事也、一不得可、則二之三之、或至四五、廣々不已、遂得其所請、故起工場建築之議、未數年而施設整備、工業日盛、傭使至三千二百餘人之多、君率先夜以繼日、盖十年如一日、母氏老益健、承顔盡歡、孝養備至、平生不甚好佛、嘗登高野山觀空海遺蹟、翻然大服、輙印其即身成佛品、行于世、盖空海擧動超凡、有所契合者云、其虚遷懷善如此、晩酷愛古器古書畫、然亦主於資工場摸楷、非玩物自娯之比一也、暇時弄筆翰、咏和歌、其書運筆飛動、極有風致、擘窠剪字尤妙、配佐藤氏、子男三人、長曰通昌、嗣、任大藏權少書記官、次回通要、次曰一通俊、女七人、長適參議兼農商務卿陸軍中将伯爵西郷従道、次適陸軍少尉宮田耕介、失適軍中佐黒岡帯刀、次適五等驛逓官田中健三郎、次尚幼、次皆庶出、銘曰、
君於文字 平生我詢 銘君幽宅 吾何辭焉 君臨易簀 懇囑僚員 良介雖亡 志則不泯
諸子繼志 良介猶存 吾聽斯言 正襟悚然 嗚呼偉業 成于偉人 觀君志業 請識斯言
明治十七年十二月 
  參議兼大蔵卿正四位勲一等伯爵松方正義題額
  編集局長官兼大學教授十五位勲六等重野安繹撰文
  大蔵省印刷局御雇庶務部長七條平六謹書
親マップ: 得能良介の墓 by がらん
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印刷局工師獨逸國人卡路安通布里攸詁墓(Karl Anton Bruck)
明治十三年十一月九日、印刷局工師布里攸詁君卒、十二日葬於城西南青山塋域、局長得能良介誌其墓曰、君姓布里攸詁、名卡路安通、獨逸國馬因河上佛蘭克佛爾特府人也、少習印刷技精通蘊奥、初入佛蘭克佛爾特府東多爾福印刷社、為社長所信任擢於一部指揮長、明治七年、余建議設印刷工場、得制可、乃請政府聘君於獨國為局工師、君於其年十二月入局、夙夜竭力、循循奨誘後進、不數年而局之工業粲然備、擧技能之士、亦彬彬輩出、以得有今日之盛、余之所以倚任君、與君之竭誠、以盡職者方未有艾也、君於去年春得肺病久不愈、余深憂之、數勸之擇地静養、乃遊于相州江島、余遣吏従行、病危又遣吏視之、而君竟卒、時年三十九、訃至更遣吏護喪還京為之營葬、葬日、會者二千四百有餘人、君性朴直、不修邉幅與人交重然諾、而奉職尤謹、卒之日上下皆蒄惜哀歎、夫人由禮君侍君疾盡瘁無所、不至及君卒悲慟不己、葬畢行歸國、嗚呼人誰不死没世、而無稱者比、比皆是君以絶藝名於時、而遠傳其術於數萬里外、使後来者世世奉為模楷、而我國家得永収利用之效、君之名固已不朽矣、爰叙其始末以誌之、
明治十三年一月二十五日、印刷局長従五位得能良介撰


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らっきょ祭(徳島県鳴門市鳴門町)2018/11/03らっきょ祭(徳島県鳴門市鳴門町)2018/11/03らっきょ祭(徳島県鳴門市鳴門町)2018/11/03らっきょ祭(徳島県鳴門市鳴門町)2018/11/03
2018/11/3 周辺で「第18回らっきょの花まつり」がありました。
その時みつけた、ブイで作った「たぬき」です。
写真は、チラシとらっきょの花です。
紫の花に交じって白い花もありました。
親マップ: たぬき by なると4
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>がらんさん

画像の登録と位置の修正ありがとうございます。
garan
碑石の下調べに出かけてきましたので古賀政男胸像とともに画像をとってきました。位置を修しておきます。
garan
テレビ東京1 所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ! 2019年2月8日(金) 20時54分~21時54分でチラっとみました。
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しかまろくん
顔出しパネルの近くには奈良市観光協会のマスコットキャラクターしかまろくんが来てました。
garan
『御嶽山』道標
御嶽山 是ヨリ四十二丁
碑陰;文化二乙丑年春三月 御嶽村 清水重右衛門貞栄獻  桃溪篆 印;林氏 桃谿

『武州御嶽山碑』
  武州御嶽山碑
武之金峯山在多摩川之源、蓋藏王權現之古靈跡也、相傳日本武尊征伐東夷凱歌而歸之日、藏兜鐙於此巓、武藏之名由是起矣、里人稱爲武藏國號之神社、然而垂跡之始邈不可稽焉、天正十九年辛卯、
神祖賜命改作祠宇附㠯三千石、世丗奉祭斯地也、峰巒欝茂形勝幽奇、三伏之候天風凛々冷氣隔人、厥途沿層崕深谿而行有瀑布、吉尋飛流於恠巖邃竇之上、泉石可以洗、昏蒙松杉可以忘身世、雲影揺曳飄空中之素練、松韻飅颼弮微外之氷絃、壁立之翠屏蘚滑、樛木之長蘿夾路、使躋攀者心垢頓滅、塵煤清涼無異、到于補陀洛伽時也、俯視則清流灔瀲碧色如鏡、仰瞻則大嶽峻嶒樵者絶蹤、躡苔磴數百歩而有鐵華表、高二丈餘、現蒼翠煙雲之中、来詣者無不肅然生敬也、宮殿巍峩金碧焜煌輪奐之美蔑以尚焉、其猶絳闕清都移于絶巓歟、予屢探勝跡賞櫻花之故、友人請予作碑銘徴之再三辭不許、囙暢超然之高瞳聊記山壑之神秀樹之其麓系以辭曰、
玉川之源 有山巃□ 高峻幽邃 號曰金峰 山壑奇勝 甲于関東 武尊高蹟 藏王靈蹤 宮闕絢麗 丹青玲瓏 溪流清冽 喬木鬱蔥 泰嶽神秀 瑞氣茲鍾 咨欽咨恭 螭首成功 不磷不緇 以垂無窮
文化三年歳次丁卯春三月      
      青梅 岸鳳質文卿謹撰㊞㊞
      東都 庫山人箕戩書
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チキンラーメンの女房・安藤仁子展①タイトルチキンラーメンの女房・安藤仁子展②仁子の母・須磨チキンラーメンの女房・安藤仁子展③幼い頃の仁子チキンラーメンの女房・安藤仁子展④学生時代の仁子(左端)と友人たちチキンラーメンの女房・安藤仁子展⑤26歳頃の仁子チキンラーメンの女房・安藤仁子展⑥都ホテルで仁子と百福の結婚式チキンラーメンの女房・安藤仁子展⑦白浜海岸で遊ぶ(1955年頃)チキンラーメンの女房・安藤仁子展⑧ラーメンを作りはじめた頃の安藤百福チキンラーメンの女房・安藤仁子展⑨安藤家の人々(1958年頃)チキンラーメンの女房・安藤仁子展⑩田川工場の社員と家族たちチキンラーメンの女房・安藤仁子展⑪安藤家の人々(1962年)チキンラーメンの女房・安藤仁子展⑫安藤家の食卓(1981年頃)チキンラーメンの女房・安藤仁子展⑬百福が勲二等旭日重光章を受賞した時の二人
チキンラーメンの女房・安藤仁子展は撮影禁止ではなかったので、撮影した展示写真をアップします。
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garan
『素山居士墓碑』釋文 []・□は欠損不明部分

【表題】
素山居士之墓
友人靜軒居士書「良印」

【本文三面】
素山居士墓[碑]銘
今也佛法之[褒?]僧不學問、打鍾掌香已以給衣食耳、其既不學、誦經不解何義、肄儀不辨何理、莫有與蚩蚩民異者、然紫衣朱拂覇持伽藍坐大□□僕徒與士大夫渠禮何無□之甚抑□□□、素山居士、武州埼玉郡平方邨人、以有[廢疾?]幼為僧、性慈志高、住武州甲山地蔵菴、只讀書以樂焉、教授童穉諄諄不倦、意之所觸賦詩、遣興終身不求資格、西然老于塵外、盖惡紫衣朱拂可耻也、安政丁巳遇病以其四月二十四日寂、人壽五十、葬其庵域、法名曰法蓮社燈譽譽無譽礙光傳大德、予為文字之久久矣、乃為之銘曰、
 素山甘素、朱紫視塵、素履享報、超然脱塵
    靜軒居士撰  友山處士書  
    弟子光善建
           長嶌金助鐫字
garan
『寺門靜軒墓碑』釋文
【題書】寺門靜軒先生之墓
【本文】
適來者夫子時也、適去者夫子順也、其去未可知其来莫非有事也、事之成者必有功於家於國而大則可廟、小則可誌、物亦有用乎人而後銘人而無用奚誌焉、静軒居士老矣將去乎順友人松本子邦謂之曰、子貧困如此、顧百歳之後、敝帷或不給、況碑碣我賻一石宜預自誌居士拝曰交義之厚死有餘感但得罪於國而不孝於家何誌之爲曰罪與不孝子之變也、誌於不可誌亦復變以變處變曷不可曰敬奉教矣、乃誌曰、居士以寛政八年生于江戸、幼孤育外家河合氏、既長不謹放縦家道頓寒始改志讀書稍覺有所會遂游四方、文政年間歸江戸投舊主上書書入不報慨然謂今儒雖賤杖書送生庶幾不辱先人褐衣以終不負舊主也、資宅下帳従游稍集、及天保八年以戯著嬰憲不得以儒立於世、於是自燠禾毀形不儒不佛、遂爲無用人、流移局促席不得煖今宜死然未死不知後來斃何地方、乃樹此存之于江戸、家譜曰祖廣瀬長門守諱義本、係新田左中将五世孫、正長二年長門君戦敗入三井寺自盡、其子諱義行東下屬佐野氏改氏寺門世住水戸云、居士誌時年五十四嘉永二年也、
靜軒先生諱胆字子温、其半生涯前記自筆之、尓後卜居妻沼、號両冝塾、又移熊谷郵、及老倦游謝客結廬冑山為終焉地遂歿、壽七十三、明治元年戊辰三月二十四日也、會戯著之責釋乃歸儒籍、今以其所自記為碑文、
         門人等建 根岸友山書[印][印]
親マップ: 寺門静軒の墓 by がらん
garan


【釈文】
武州多摩郡百草邨松連禪寺碑         小田原  岡田雄撰并書篆
距江戸八里、有驛曰府中、自府中南轉西折而行里、所渉於多摩河、而又行半里、有村曰百草、有禪刹是為松連、考寺記、天平中律師道慈始闢山為寺、於今一千八十有餘年矣、道慈即宋史所謂大寶三年入唐求經者也、頼義・義家二将軍之東征也・道經乎此虔祈于應神祠、旋師復来報賽、為建伽藍坊門、古有祭田五百石、不知何人所置也、或傳建久四年源幕府置焉、今猶劑存神祠燈油田名、而田巳散在于他方、贈大納言義貞卿之伐北條氏也、軍聚于此兵殘民火焚寺、寺於是乎如存如亡、多歴年所、慶長中収合餘透、新為菴於故趾、囑主為海印、後為黄檗派、為瑞聖禪寺之末、主僧為光鑑、至今更八住持、曰慧極是為中興開士、曰北宗、曰無文、曰悦門、曰關捩、曰自穏、曰祖門、曰魯菴也、先是  我藩侯祖先君太夫人向井氏、法謚壽昌尼、禪師・君深悦黄檗之道、受其教於慧極、遂與慧極及北宗、謀求古梵刹、而得松連焉、舊所有土田山林存以助寺請、慧極為住持、年給栗米若干、艸包以供佛事、以充僧食時瓶構築陶埴之事、佛殿禪堂相継而成、扁門曰慈岳山、慧極之書也、扁堂曰開山堂、  寿昌君之書也、笏室奉安  君之寿像、慧極・北宋二木像在側、亦壽像也、  君以寛保元年七月晦日、捐館舎、奉 遺誡、闍維 眞體、塔葬于寺門之東、寺所傳蔵皆異代故物、有義家木像及軍器、又有義家鰻書金剛經、吾聞經乃刺血而書者、多失所在、而此經猶在竒矣、觀音大士黄金小像一焜、相傳頼義毎出戰所佩也、阿弥陀佛金銅像二焜、一則北條時頼所置、一則元禄中土中自出者也、按背銘、建長二年所鑄、原武州多西真慈悲寺物也、寺今無趾、可考吾妻鏡載、武蔵國真慈悲寺可證耳、天竺佛銅像一焜、夾侍二焜、古色可愛、納經古銅筒五、亦皆土中自出者也、有年袱、曰弘仁、曰長寛、曰永萬、曰建久、曰仁治、唯建久之筒中貯經片、如敗絮而字尚存一二、凡所蔵于土者、或用壺、或用炭、若石云、魯菴之寞寺也、始不知所為黙坐、有年人隅以為林朽之儔也、而魯囑菲己厚佛、興廢起頭遑暇、則入山刈穢艸伐惡木、以廣觀覧、而得勝賞之所者、無慮十八、居室曰解悶、是其一也、室東向為軒開、軒則連嶺近水、悦目娯心宜矣、題曰解悶、此山自平地望之止一小阜、登而四望、則宛然一高峯矣、最高處曰清涼臺、足以周覧關東之諸州、題曰一覧八州、亦宜矣、聞人名士曳嵶戴笠、而游者日多月夥、非頃刻則信宿、或有遊而忘歸者、人或称魯菴亦為中興開士、魯菴聞之曰、貧道承乏松連際于衰敝疂継餘緒、曷足以當中興號焉、雄曰寺自始闢已入稱中興者三、曰康平、曰慶長、曰享保、并師而四、嗚呼始闢固難、中興亦難、庶幾使後居者、知曩時之所以居焉、蓋初祖之志也、且地為縣令治下久矣、今縣令中村君、善師之美遇之厚矣、間嘗欲因觀音氏之室、而起寶蔵以蔵故器異什、而未能何者工材之價、實非一僧徒力所能辨也、起之日中邨君捐貲相之、郷豪亦不募而来佐、或以其贏餘、修繕殿堂、刻茲碑字費亦中邨君所凶也、且夫修繕之政、獨不自我小田原出者、即松連千秋不改條目之載具焉、則松連千秋甲乙住持所以勤儉辛苦也、寺之蔵弃以師益著、山之蓄積以師益聞、殿堂一垂乎廢、而以師亦振、則中興號在師、不愧請師不辭可也、一日魯菴手寺記・山蔬来請曰、假子之辭、而掲諸石以示衆、是希亦縣令意也、余亦喜魯菴有中興號、于茲寺于茲山也、竊為 我壽昌君不可不敢記、乃記如此、中邨君姓藤原、名知剛、称八大夫、魯菴名知道、自號竹道人、周南人、有詞學兼善畫竹、亦禪餘戯墨耳、辞曰、
百草之邨 千年之寺 神佛所依 鬼不作祟 遺趾故物 衆視不疑 慕古喜今 人遊而嬉 袖乎筑波 懐乎富士 目力所盡 不知有地 山無誣崩 時有廢興 誰能居此 靈佛異僧 鐵門可鑄 余文可徴
  文政十三載歳次庚寅、秋八月丙戌朔越十有五日庚寅建        深川 石匠田靜潤刻
【左側】 石材檀施 平井榮朴利諄 丹羽清葛包教
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2019/1/17にNHKBSプレミアムで放送された「英雄たちの選択/謙信VS信長 戦国最強は誰だ?~真説・手取川の戦い~」で見ました。
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2019/1/23にフジテレビ系で放送された「世界の何だコレ!?ミステリー/居住者を見たことがない謎の豪邸」で見ました。
親マップ: 二宮尊徳像 by pbh16
garan
伊能忠敬住居跡 石標2019伊能忠敬住居跡 石標2019伊能忠敬住居跡 石標2019伊能忠敬住居跡 石標2019
最近の画像です
親マップ: 伊能忠敬住居跡 by ashibe
garan
画像ありがとうございます。いい碑ですね。
親マップ: 道後温泉碑 by がらん
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写真を登録しました。
親マップ: 道後温泉碑 by がらん
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こちらの江崎利一像(http://hizou.30maps.com/map/217585 )との位置関係はこう(https://i1.wp.com/jinsei1do.com/wp-c... )なっています。
親マップ: 江崎利一像 by winecolor
なると4
これは何でしょうか?
garan
『江戸の奇人 天愚孔平』に碑陰文の紹介がありましたので撰・書・紀年を引用しておきます
・碑陰(題字)
出雲天隆公壽藏碑記 臣孔平信敏撰文
 (本文略)
  安永七年歳次戊戌春三月 藤山惟熊書並篆額
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2019/1/17にNHK総合で放送された「日本人のおなまえっ!/大河ドラマ最多主人公・内蔵助/人気の理由はおなまえに!?」で見ました。
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2019/1/17にNHK総合で放送された「日本人のおなまえっ!/大河ドラマ最多主人公・内蔵助/人気の理由はおなまえに!?」で見ました。
garan
コメントありがとうございます。
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はまぽん
八幡浜みなっとで開催された第5回やわたはま産業まつりには着ぐるみが来ていました。
親マップ: はまぽん人形 by winecolor
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2019/1/16にNHK総合で放送された「探検バクモン/都立日比谷高校」で見ました。
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2019/1/13にNHK総合で放送された「いだてん紀行」で見ました。
親マップ: 金栗四三像 by winecolor
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2019/1/13にNHK総合で放送された「いだてん紀行」で見ました。
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2019/1/6にNHK総合で放送された「いだてん紀行」で見ました。
親マップ: 嘉納治五郎像 by nama.e
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2019/1/4にNHK総合で放送された「いだてんが駆け抜けた時代/日本初のオリンピック選手誕生物語」で見ました。
親マップ: 嘉納治五郎像 by nama.e
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