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garan
こんなところまで日野さん出かけたんですね。いひかわさまも放映見たのかな。
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2019/4/12にNHKBSプレミアムで放送された「にっぽん縦断こころ旅とうちゃこ版/811日目三重県いなべ市/おじいちゃんの柄杓と養父川」で見ました。
garan
堕落之魂さま、こんにちは
画像貼らせていただきました。
親マップ: 駒場地蔵尊 by 堕落之魂
garan
丁酉七月さま、こんにちは。
画像と説明を加えさせていただきました。
親マップ: 水田の碑 by 丁酉七月
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色が塗り替えられていました。
親マップ: 警察官人形 by winecolor
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派手になっていました。
親マップ: 地蔵菩薩 by winecolor
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>yanahanさん

場所の修正と写真の追加ありがとうございます。
yanahan
場所を修正し、写真を追加しました。
garan
(碑陰文)
濃州三ノ柳村魚住氏二男、十五歳より名古屋杉屋佐助ニ、致奉公、一生無妻、忠義而已、俗名與吉、行年四十六、天保十一子年五月世去、世ニ稀成人也、名殘之菩提記之、
garan
澁澤孺人尾高氏之墓
澁澤孺人尾高氏墓表
正五位澁澤榮一君孺人尾高氏既卒之、明年君屬墓表於余曰、吾少壯見覇政日非竊抱勤王之志、一朝棄家而出、訣内子曰、吾志不成不復生還、卿能留守、内子泣而諾之、於是游寓于江戸于京師、遂航泰西、而内子在家蓬髪垢衣、旦夕勤勞不稱懈、舅嚴恪、姑節約、竝踰常人、而善事之獲其歡心、使吾無内顧之憂者、凡五年吾雖志不成、而還内子之勞則不可没、子幸賜一言之寵、余曰、王政復古雖成于君西游中能以其所得於泰西、釐大蔵省財務、又創建銀行、爲海内率先、其輔王政者不少、豈謂志不成是故盛名籍甚、兒童走卒莫不知君、而世或不知内助之功、是可不表哉、孺人諱千代、武蔵榛澤郡下手計邨尾高勝五郎君之女、年十八歸君、恭謹貞淑、能事夫、而育子嚴正如師父、遇親戚故舊、推誠竭恩率婢僕有慈惠、尤長内治、自衣服飲食至凡百家具、莫不親調理暇日、則讀院本或觀演劇、而非忠孝節義之事則不喜、葢出天性也、其有助于良人勤王不爲無故、明治十五年壬午七月十四日、病卒于王子別墅、享年四十一、法諡曰、寶光院貞容妙珠大姉、葬谷中新阡、會者無慮七百人、是雖良人名朢所致、抑亦以孺人淑行平昔爲人所欽慕歟、
明治十六年八月 従五位三島毅譔 従五位長炗書     吉川黄雲刻
明治十六年癸未 男澁澤篤二謹建
garan
・北里惟信墓
 考諱惟信、北里氏、通稱戸一郎、後改賢之助、又賢二、父維保、同姓元義子、爲祖父政之丞所養、配以其女久滿子、考其長子也、文政十一年三月十日、生于肥後國阿蘇郡小國郷北里邨、長爲里正、大有治績、娶加藤茂寛女貞子、擧四男五女、明治二十八年、來住于東京、優游自適、三十五年六月二十八日病歿、享年七十五、
  男正五位勲三等醫學博士北里柴三郎・正八位勲六等法學博士北里袈裟男謹誌
・北里貞子之墓
 妣諱貞子、豐後舊森藩士加藤茂寛女、以文政十二年十一月十一日、生于江戸藩邸、入嫁肥後小國郷北里惟信、擧四男五女、明治三十年十一月十三日、病歿于東京、享年六十九、
 明治三十一年十月 
  男勲三等醫学博士北里柴三郎・正八位勲六等法學博士北里袈裟男謹誌
garan
・男爵北里柴三郎之墓
 嘉永五年十二月二十日生 昭和六年六月十三日薨
・北里乕子之墓
 男爵松尾臣善次女、以慶應三年三月十六日、生于播磨國加東郡阿形村、入嫁男爵北三郎、擧四男三女、大正十五年五月二十二日、病歿于東京、享年六十、 昭和二年五月
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28サンチ榴弾砲は撤去されていました。
garan
無縁法界塔 日本書堂中川憲齋書 印;[日本書堂主人憲齋名大彭字耼卿][(未解読)]
武蔵國多摩郡本郷村常願寺無縁塔記 
寺創于應永、成于文明、至今幾五百年、其檀越之埋葬于此者、無慮數萬、壙冢貉々、新故成叢、系多絶後者矣、其萬治以前者、寺亡鬼録、墓石或存而其人不可識、其萬治以降者簿籍存矣、姓名可認而或無子孫、主之或業衰、主微不能守之、墓塌石泐、枯骨狼藉、與亢石相混亂者往々有焉、予毎時来供香花掃奠先塋、輙見其荒廢若是酸鼻者久矣、今夏竟與住持黄公謀、捐資興工、聚其散骨於一處、爲投法會、以埋之立石、而表之名曰、無縁塔、其在靈簿姓名可識者凡二千百人、其亡籍歿名者亦不下数千、嗚呼、范々冥間曰靡精霊則已矣、若夫有霊而知之乎、則髑髏含泥、白骨暴雨、蒋豈可言哉、慎終追縁古賢所嘉、我豈敢當之、亦盡吾情而已矣、抑予以微賤、獨力為立所費、雖非巨金、亦其難而爲予子孫者、及時節来掃墓、則願矜憫斯無縁者、介爾羞供香花吊慰衆䰟、以嗣吾志也、
維時嘉永二歳次己酉夏六月 郡淀橋村民井元次郎兵衛信行築冢樹塔并作文 憲齋源大彭書 印[大彭之印][憲齋]
多寶山成願寺二十五世源靈代
【台石】願主井元氏
親マップ: 無縁法界塔記 by がらん
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親マップ: よしあきくん by winecolor
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親マップ: 栄光の像 by winecolor
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貨車
家の半分は貨車でした。
tomokichi
記念すべき初投稿です!宜しくお願いします。
画像は、2016年6月11日に友人たちと金沢旅行(兼六園)した時に撮影しました。
「明治紀念之標」は、明治10年(1877)の西南戦争で戦没した石川県の兵士400名を慰霊するために建てられました。
明治13年(1880)に高岡の鋳物職人たちの手によって鋳造され、日本最古の銅像らしいです。
garan
筆者について野村芥舟とか維新の木村芥舟とか諸説ありまずが、印に「北山杜多」とあるので、比叡山か鞍馬かのお坊だと思われます。
親マップ: 地蔵院 扁額 by がらん
gerorian
写真追加させていただきました
親マップ: 中天游屋敷跡 by parunas
gerorian
写真追加させていただきました。
親マップ: 元萩之橋跡 by parunas
gerorian
写真追加させていただきました
親マップ: 梅田貨物駅跡 by parunas
garan
遊山慕仙詩
高山風易起 深海水難量 空際無人察 法身獨能詳
鳧寉誰非理 螘龜詎叵暲 葉公珍假借 秦鏡照眞相
鴉目唯看腐 狗心耽穢香 人皆美蘇合 愛縛似蜣蜋
仁恤麒麟異 迷方似犬羊 能言若鸚鵡 如説避賢良
犲狼逐麇鹿 狻子嚼麖麞 睚眦能寒暑 噱談受痏瘡
營營染白黒 讃毀織灾殃 肚裏蜂蠆滿 身上虎豹莊
能銷金與石 誰顧誡剛強 蒿蓬聚墟壠 蘭蕙欝山陽
曦舒如矢運 四節令人僵 柳葉開春雨 菊花索秋霜
窮蟬鳴野外 蟋蟀帳中惕 松栢摧南嶺 北邙散白楊
一身獨生歿 電影是無常 鴻燕更來去 紅桃落昔芳
華容偸年賊 鶴髪不禎祥 古人今不見 今人那得長
避熱風巖上 逐凉瀑飛漿 狂歌薜蘿服 吟醉松石房
渇飡澗中水 飽喫煙霞糧 白朮調心胃 黄精塡骨肪
錦霞爛山幄 雲幕滿天張 子
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2019/3/8にNHKBSプレミアムで放送された「美の壺/巨樹」で見ました。
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2019/3/9にNHKBSプレミアムで放送された「ニッポンぶらり鉄道旅/がんばるけん!くまもとけんを探して/JR鹿児島本線」で見ました。
garan
釈文つけただけで絶えました。野口師弟像に題書した安岡氏が三浦校長に寄せた輓詩ですね。タグ貼らせていただきます。
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>がらんさん

ありがとうございます。
garan
相逢相契語人生 朴學童心無限情 椿戯瓢歌猶在眼 神交不礙隔幽明
 憶亡友三浦謙校長  老學正篤 印;安岡正篤 匏堂
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2019/02/24にテレビ愛媛で放送された「開運!なんでも鑑定団/出張なんでも鑑定団in竹田」で見ました。
親マップ: 滝廉太郎像 by route507
garan
惟文化四年單閼之歳、蝦夷有北虜之寇、幕府使我藩戍之、我 君侯命有司使祠官禱事于
鹽竈祠、越五年執徐之歳孟陬之月、爰整戎兵以方啓行戍于蝦夷、而寇賊不侵、四方清靜、是歳辜月卒戍而歸、此實
明神之威靈遠及于海外、而又以庇護我人民也、越明年歳名大荒落月畢玄、我 君侯復命有司使鑄工造鐵燈一座、獻
明神之祐焉、銘曰、
神顯厥靈 恭如天日 云勒斯文 永〻弗滅 
     儒官田邊匡敕奉 命撰并書
(以下列名、略之)
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ゆたま王子
ぬいぐるみが「ゆるキャラグランプリ2016in愛顔のえひめ」に参加してました。
親マップ: ゆたま王子 by winecolor
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2019/2/21にNHKBSプレムアムで放送された「英雄たちの選択/シリーズ平安の反逆者②地方の怒り都を制圧す!~木曽義仲の野望と挫折~」で見ました。
garan
羽衣天女祠碑
羽衣天女事、出於猿樂部之外、未嘗少概見者、是以論者、或謂取大己貴命御天羽車、求伉儷事以附會焉、以余觀之、凡事宣古今、人所誦設以傳諸口碑者、既有其蹤、則不可必謂無其事也、詩云維嶽降神、夫富嶽高大神秀、捜諸宇宙、未聞有其比、則是等神巽偉靈、固其所當有者也耳、巫之神、洛之妃、猶且賦詠以妃之、大氐小知理斷、夏蟲疑氷、造化妙用、殆幾乎已矣、故今斷之曰、神女事、必有之矣、若以紀載無有而致疑、則豈唯羽衣乎、大凡我古籍存于命者十之二三觀於古史風土諸記、殘闕而可見也已矣、夫羽衣事、異域之人猶傳聞稱之、豈可廢之於我邪、余一日陪、府尹牧野君、詣羽衣祠、僅存一石龕、又見其曬衣松者、枯朽已久矣、其斬成板者、藏之於洲之社司家、蓋君之尹于駿府、治績之美人皆見之、而其才之文、又施之其山川、則慨古之情、惜乎數十百年、而龕亦無在焉、遂令羽衣事茫乎就湮滅也、於是乎立石以議其蹤、修古龕着蘋蘩、以永宅厥靈、乃命漁記其事、辭曰、
維昔神神女兮降峻峰、脱其羽衣兮曬高松、芙蓉嬋媚兮乎北渚、神女揚娥兮此從容、漁人攘衣兮不肯還、要觀天仙兮羽衣舞、女也婉孌兮無力拒、鶣擧霓包裳兮飄虹徂、嶽神送風兮激其聲、海童起濤兮奏其鼓、漁子從來兮非凡骨、庶幾攀裾兮凌天間、※仙之蹤兮永不没、海嶽悠々兮見碑碣、
              龜山文學中島漁拜撰
享和三年癸亥夏  駿府尹牧野靭負源成傑立石並書
【碑陰】
羽衣天女祠碑再建記
後龜山天皇御宇、結崎世阿彌作羽衣謡曲、自此羽衣天女之事、頗為人口所膾炙、其後駿府尹牧野成傑夙慨厥蹤歸乎湮滅、令中嶋漁略紀其事、乃建一碑於松下、眞可謂千載雅擧矣、而唯憾石質不堅緻、碑面爲虧損不復可讀焉、於是乎御穂神社司長澤
雄楯氏乎總代宮城嶋文助・川口忠五郎・柴田勝五郎・石野又七・□信徒総代土谷松太郎・松田米次郎・太田彌兵衛等、胥謀別保存原碑丨、明治四十四年九月吉辰、再建此碑於其傍、以垂諸不朽、若夫其碑面則循曾所摹搨之舊、而毫不加改竄矣、要在故重此雅擧而已、應請更書此篆額及碑文、兼撰且書此記文者誰曰、靜岡縣立三保學院長池田忠一也、畫此松者誰曰、土谷風外也、   水崎萬年鐫、
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親マップ: by winecolor
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(山縣邸 明治天皇行幸記念碑)
・今茲十月十有九日、 皇上辱臨有朋私邸爲榮宲大、又 恩賜銀觥貨幣、有朋謹獻來圀光刀一口・及梥陰先生書弌幅、此日侍宴者、皇族・内閣諸公・及武官若干名、富山斈校下士奏劍技、宮内官吏等演刀槍術、以供 叡覧方上饌、時使徒軍樂隊奏樂、入夜夛點球燈・放煙火、既而鹵簿告具 龍旂還 闕嗟有朋之幸、洵莫過焉、廼記臨幸始末、併録弐品来由、㠯告來茲
明治十八秊十一月
従三位伯爵山縣有朋謹識 廣羣寉鐫
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作者と句の読みを松山リハビリテーション病院に確認しましたが、資料が残ってなくて分からないとのことでした。
親マップ: 句碑 by winecolor
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作者と句の読みは松山リハビリテーション病院に確認しました。
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松山リハビリテーション病院に確認したところ、制作者は不明で没月日は像建立直後の7月16日とのことでした。
garan
  故印刷局長従四位勲三等得能良介君碑
君諱通生、稱良介、號薫山、姓得能氏、其先盖出南朝忠臣之裔、薩摩人、世仕鹿児島藩、祖新助君無子、養直助君為嗣、君父也、母得能氏、君生而孤、與母居、母氏能守家教子、君之成立、實頼其訓督云、幼頴悟異常兒、年十七為御記録所書役助、及壯苜歴中外、東西奔馳、率無虚歳、元治元年、京師騒擾、隨藩主上京、與小松清廉・大久保利通・西郷隆盛等、盡力 國事、慶應三年正月、改革藩政、君與有力焉、以勞為長嵜御附人、明治元年三月、遷御小納戸頭取御用取次見習、二年二月、轉傳事、三年四月、 朝廷徴任民部大丞、兼大藏大丞、尋任大藏大丞、十一月為大藏權大丞、允其請也、四年八月、擢出納頭、既罷、五年八月、再補司法省五等出仕、十月進司法權大檢事兼司法少丞、六年十二月、更任司法少丞、七年一月、擢紙幣頭兼任大藏大丞、叙従五位、初維新之際、造紙幣以助 國用、置紙幣寮管理其事、而製造不得其方、贋僞紛出、庶民懐疑 廷議更造紙幣、以交換舊鈔、托日耳曼國面製造焉、君居常論囑製造於海外、不唯失國體而已、他日禍害所及、将有不可測者、及其任紙幣頭也、欲以製造自任、絶贋造之途、上新築工場議、會有臺灣之役、議不輙决、君力言一日不可遷延、遂得 制可、釐寮務、理會計、置庶務、審査、調度三課、改訂工場規程及職制、分場為整理、彫刻、製肉、刷版、調査五局、罷官吏悉為傭使、俾各就業、以率衆工、毎局別部、嚴禁互通、專講防贋秘訣、立約終身従事、其青年者、 官特免兵役、而購機械于海外、聘西人教教師、君日夕巡視、率先自勉、奨勵誘導、無所不至焉、既而曰、工場營築已得 允裁、機械與教師皆備矣、獨至原紙、猶缺完善、何則外國之製、質脆易裂、 本邦之紙、有摩損患、而防贋之術、亦不可不資此、宜製精良強靱紙、以施秘訣於防贋之術、庶幾無復遺憾矣、乃謀水利之便、卜地王子村、剏抄紙局、招工人於越前、其後増置機械、製各種良紙、輸出海外、以開 國益之一端、君刻苦經營所致也、八年九月、以正院印書局、屬之本寮、更名活版局、後又置鍛冶場、以修造機械、其他修寫眞術石版術唖、皆所以助工業濟用度焉、時國立銀行属本寮、 官將改正其條例、君與屬員商跼刪定之、九年八月成、頒行之、日耳曼國所造紙幣、彩紋緻密、稱精巧、然贋造之弊、猶尚不免、且損傷日多、供給不遑、君深審其得失利害所在、斷然改製紙幣、大行交換、以歸一途建議得 可、極工盡技、數年而成、新紙幣是也、是年工場營築落成、十年一月、廢紙幣寮為局、君任大書記官、為紙幣局長、改課局稱某部、二月西南役起、急製紙幣、以為準備、命下之日、君晝夜督促、速告成、右大臣岩倉公 傳内旨慰其勞、 賜金三百圓、十一月十七日、 聖上 臨於工場、勅嘉賞君功績、賜羅紗二匹、二十八日  
皇太后  
皇后亦臨焉、十一年十二月、更紙幣局稱印刷局、従君議也、十三年七月、伊太利國皇帝、寄贈勲章、十五年六月、擢大藏技監、叙勲四等、 賜旭日小綬章、八月十七日、叙正五位、十六年十一月、叙 勲三等、賜 旭日中綬章、先是本局規制已定、自營之道略立、君欲設贏金蓄積法、申禀本省、而不被聽、會 廷議釐革財政、有節經費之令、君乃申前議、請廢定額金、局中一切費用、以蓄積金辧之、後又反覆陳疏、凡及三次、至是年二月始得 允準、君躍然喜曰、積隼所願、一朝獲伸、益率勵局員、於是局中經費悉出於自營、未幾歳計有餘、適 詔擴張陸海軍、因獻金十五萬圓、充軍備費、 朝廷嘉之、 賜内庫金三千圓、太政大臣三條公、傳  旨於姻親西郷従道、以君在蓐也、君自數年前得肺疾、荏苒不已、百方無効、遣侍醫、賜菓存問、盖異敷也、至十二月病革、以 特 旨叙従四位、二十七日終于印刷局之官舎、享年五十有九、以其月三十日、葬于青山塋域、賜祭粢金二千圓、遣侍従、特 賜・紅白皺紗二匹、以 儀仗兵護送、如例式、縉紳故舊及局員送者、凡數千人、道途充塞、觀者如堵、君軀幹壮長、眼光炯々射人、天資質直而有神識、坦懷容物、人有一技寸長一者、延攬愛顧、常自以手叩其頭曰、男児成事在精神、精神不振射、百事無成、故人須養精神、雖事有大小輕重、於己所執、專心従事、勇進不止、莫不到焉者、毎以此勸勵屬員、凡方計一事起一業精思深慮、洞察其前後始末、信其必可成、屹然持重、不少動、其對長上議事也、一不得可、則二之三之、或至四五、廣々不已、遂得其所請、故起工場建築之議、未數年而施設整備、工業日盛、傭使至三千二百餘人之多、君率先夜以繼日、盖十年如一日、母氏老益健、承顔盡歡、孝養備至、平生不甚好佛、嘗登高野山觀空海遺蹟、翻然大服、輙印其即身成佛品、行于世、盖空海擧動超凡、有所契合者云、其虚遷懷善如此、晩酷愛古器古書畫、然亦主於資工場摸楷、非玩物自娯之比一也、暇時弄筆翰、咏和歌、其書運筆飛動、極有風致、擘窠剪字尤妙、配佐藤氏、子男三人、長曰通昌、嗣、任大藏權少書記官、次回通要、次曰一通俊、女七人、長適參議兼農商務卿陸軍中将伯爵西郷従道、次適陸軍少尉宮田耕介、失適軍中佐黒岡帯刀、次適五等驛逓官田中健三郎、次尚幼、次皆庶出、銘曰、
君於文字 平生我詢 銘君幽宅 吾何辭焉 君臨易簀 懇囑僚員 良介雖亡 志則不泯
諸子繼志 良介猶存 吾聽斯言 正襟悚然 嗚呼偉業 成于偉人 觀君志業 請識斯言
明治十七年十二月 
  參議兼大蔵卿正四位勲一等伯爵松方正義題額
  編集局長官兼大學教授十五位勲六等重野安繹撰文
  大蔵省印刷局御雇庶務部長七條平六謹書
親マップ: 得能良介の墓 by がらん
garan
印刷局工師獨逸國人卡路安通布里攸詁墓(Karl Anton Bruck)
明治十三年十一月九日、印刷局工師布里攸詁君卒、十二日葬於城西南青山塋域、局長得能良介誌其墓曰、君姓布里攸詁、名卡路安通、獨逸國馬因河上佛蘭克佛爾特府人也、少習印刷技精通蘊奥、初入佛蘭克佛爾特府東多爾福印刷社、為社長所信任擢於一部指揮長、明治七年、余建議設印刷工場、得制可、乃請政府聘君於獨國為局工師、君於其年十二月入局、夙夜竭力、循循奨誘後進、不數年而局之工業粲然備、擧技能之士、亦彬彬輩出、以得有今日之盛、余之所以倚任君、與君之竭誠、以盡職者方未有艾也、君於去年春得肺病久不愈、余深憂之、數勸之擇地静養、乃遊于相州江島、余遣吏従行、病危又遣吏視之、而君竟卒、時年三十九、訃至更遣吏護喪還京為之營葬、葬日、會者二千四百有餘人、君性朴直、不修邉幅與人交重然諾、而奉職尤謹、卒之日上下皆蒄惜哀歎、夫人由禮君侍君疾盡瘁無所、不至及君卒悲慟不己、葬畢行歸國、嗚呼人誰不死没世、而無稱者比、比皆是君以絶藝名於時、而遠傳其術於數萬里外、使後来者世世奉為模楷、而我國家得永収利用之效、君之名固已不朽矣、爰叙其始末以誌之、
明治十三年一月二十五日、印刷局長従五位得能良介撰


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らっきょ祭(徳島県鳴門市鳴門町)2018/11/03らっきょ祭(徳島県鳴門市鳴門町)2018/11/03らっきょ祭(徳島県鳴門市鳴門町)2018/11/03らっきょ祭(徳島県鳴門市鳴門町)2018/11/03
2018/11/3 周辺で「第18回らっきょの花まつり」がありました。
その時みつけた、ブイで作った「たぬき」です。
写真は、チラシとらっきょの花です。
紫の花に交じって白い花もありました。
親マップ: たぬき by なると4
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