伊藤樟堂墓誌

がらん | 2017/4/20 21:57
写真登録: がらん
谷中霊園 乙8-6 伊藤家墓所
・伊藤樟堂墓誌 光緒5 張斯桂撰・書 廣羣鶴鐫[臥17082] 
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東京都 台東区 谷中七丁目 1
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garan
【釋文】
伊藤君諱謙、号樟堂、尾張人伊藤圭介之子也、幼承庭訓、長通漢學、兼習洋文、亦精醫理、十一歳随侍東京、十三歳從歸尾州、十九歳游浪華、二十一歳復來東京入醫學校、留心本草中事、明治七八年間採藥於信州駒嶽・御嶽・淺間嶽諸山、後歴日光・箱根・伊豆・勢州菰野山等處、奇花・異草・毒藥・霊根莫不徧採、遂撰『藥品名彙』一書、廣行於世、又譯西人植物等學著為『植學略解』、文部省亦刊行之、十一年患胸病、左肋膨脹、醫治罔瘥、自知不起、常鬱鬱不樂、頼親友勸慰、乃偕遊於瓊浦・麑島・熊本九州諸勝地、又浴於有馬温泉、歸東京養疴、亦手不釋巻故著述頗富、異日期付梨棗、至明治十二年病勢漸増、攻苦尚力、以是益憊延、及八月二十六日謝世、傷矣、距生於嘉永四年十二月、得年二十有七歳又九越月也、
大清光緒五年歳次己卯嘉平之月皇華使者四明張斯桂撰并書     廣羣鶴鐫
※撰・書の張斯桂は清朝末年中国外交官、樟堂の父伊藤圭介との『「清副公使張斯桂」との筆談記録』(国会図書館蔵)がある