大宮競馬場建設記念碑

chakayaan | 2018/3/14 13:34
写真登録: chakayaan
建立:昭和9年(1934)3月
『足立郡畜産組合が北足立郡大宮町大宮に一周1,600m幅27m内馬場10mの本格的な馬場を設置し、その馬場を埼玉県畜産組合連合会が借り1931(昭6)年:埼玉県畜産組合連合会主催による大宮競馬が開催される。当時の地方競馬規定では「景品競馬」と定められていたので(昭和2年から昭和14年まで)的中すると何かの景品と交換されていたものである。その後1937(昭12)年:馬場を北足立畜産組合から埼玉県畜産組合連合会が譲り受ける。しかし戦争により1939(昭14)年:地方競馬場としての大宮競馬場は休止に至る。1940(昭15)年:その馬場は軍用保護馬鍛錬競走の大宮鍛錬馬場として使用される。しかし戦争激化にともない大宮鍛錬馬場は軍需工場への身売りを決定し、中島飛行機株式会社が大宮競馬場跡地を中心に軍需工場新設に着工する。そして太平洋戦争における大日本帝国海軍の主力戦闘機であった零式艦上戦闘機いわゆる”ゼロ戦”が中島飛行機(後:富士重工業)にて製作された。戦後、浦和市大谷場に新たに地方競馬条例に基づく馬場が建設され、県内の競馬は浦和競馬場へと集約された。』
埼玉県 さいたま市北区 宮原町1丁目 852-1
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