大須賀浚大の墓

がらん | 2018/4/8 07:50
写真登録: がらん
法善寺墓地
百人組与力大須賀浚大(1752~1821)の墓。碑文はコメント欄へ
・大須賀家先祖累代之墓
大須賀源之進[平浚大]・配宮原氏之墓 文政4 入江寧亨識、向陵賀瑛之書、哀子匡勅建、廣羣鶴刻[臥09010]
東京都 新宿区 新宿六丁目 20
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garan
『大須賀浚大』墓釋文
大須賀家先祖累代之墓
大須賀源之進平浚大・配宮原氏之墓
【銘文】
岳父大須賀君、諱匡淵、字世龍、父諱匡安、母宮島氏、匡安歿、君弱冠襲職、爲百人組與力、安永丙申、浚大君遠謁二荒山東照神廟君時、以騎従駕、君好學兼能武藝、安永天明之間、以鳥銃再應試、寛政乙卯又以刀應武科、皆有賞賜焉、君幼孝友恭謹清虚節儉、言不苟發、行不苟擧、終身不改父母之道、自扁堂曰守成、在職五十三年、請老尋而臥病、自知不起手書後事、以授子匡勅、以文政四年七月初四歿、享年七十、當其易簀、使人正枕加手於胸齊蜀作拱揖之状、蓋逆知終期也君、娶宮原高伴之女、生一男四女、長女乃寧享妻、次女殤、三適窪田正定、四匡勅、季女末字、宮原氏諱貞、清閑貞靜、温慈恵和、事始事夫皆得婦道、文化戊辰閏六月二十六日、先君歿享年五十一、合葬於大窪法善寺先塋之側云 文政四年辛巳十月、 
入江寧亨識、 向陵賀瑛之書、 哀子匡勅建、  廣羣鶴刻