瑞龍寺地蔵盆・説明碑

いひかわ | 2012/2/29 19:25
写真登録: いひかわ
【表】
歴史こばなしの道
地蔵盆
八月二十四日は地蔵盆の夜です。盆踊りを踊ったり、商店に飾ってある作りものを見物したりで、皆な楽しい夜を過ごします。
 菰野の地蔵盆の起こりを改めて調べてみますと、東町のまん中にあるこの瑞龍寺の地蔵さんの供養が旧暦の七月二十四日につとめられたのが今に続いているのです。
 瑞龍寺の地蔵さんは、元はこの寺の本堂にまつられていたご本尊でしたが、桂庵の昔に河原町の河合松兵衛家から薬師さんがこの寺へ移されてきて、ご本尊はこの松兵衛薬師にかわり、地蔵さんは、前の地蔵堂におさまりました。
 そしてこの寺の位置が東の入口、松並木のはずれからお城の木戸口までの中心にあたり、特に地蔵さんは延命除災の功徳があるとあつい信仰を受け、菰野の町に昔から大きな火事が起きたことがないことも、この地蔵さんの加護があるからと信じられています。
 瑞龍寺も、元は天台の古い寺であったが、永禄十一年に信長の北伊勢攻めで焼打にあい、この跡を、宗貞和尚が臨済の禅寺に再興したもので、寺屋敷三反四畝は藩から与えられたものです。
 年中行事の地蔵盆が終ると、菰野も秋の風がたちはじめます。
菰野町観光協会
三重県 三重郡菰野町 菰野 808
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コメント (4)

いーえむえむ
碑文です。

「歴史こばなしの道
地蔵盆
 八月二十四日は地蔵盆の夜です。盆踊りを踊ったり、商店に飾ってある作りものを見物したりで、皆な楽しい夜を過ごします。
 菰野の地蔵盆の起こりを改めて調べてみますと、東町のまん中にあるこの瑞龍寺の地蔵さんの供養が旧暦の七月二十四日につとめられたのが今に続いているのです。
 瑞龍寺の地蔵さんは、元はこの寺の本堂にまつられていたご本尊でしたが、桂庵の昔に河原町の河合松兵衛家から薬師さんがこの寺へ移されてきて、ご本尊はこの松兵衛薬師にかわり、地蔵さんは、前の地蔵堂におさまりました。
 そしてこの寺の位置が東の入口、松並木のはずれからお城の木戸口までの中心にあたり、特に地蔵さんは延命除災の功徳があるとあつい信仰を受け、菰野の町に昔から大きな火事が起きたことがないことも、この地蔵さんの加護があるからと信じられています。
 瑞龍寺も、元は天台の古い寺であったが、永禄十一年に信長の北伊勢攻めで焼打にあい、この跡を、宗貞和尚が臨済の禅寺に再興したもので、寺屋敷三反四畝は藩から与えられたものです。
 年中行事の地蔵盆が終ると、菰野も秋の風がたちはじめます。
菰野町観光協会」
いちかわ
おおお、ありがとうございます。いずれブログ立てて、協力緩やかに募ろうと思ってたんですが、助かりました。
コメント欄に書いて頂いたのを、本文へ転載させて頂きますね。m(__)m

※碑文を書き起こしながらマッピングすると、めんどくなってマッピング自体をやめてしまいそうなので苦肉の策中です。
いーえむえむ
誤変換があったので修正しておきました(汗)
他のものは、また気が向いたらと言う事で…
いちかわ
重ねてありがとうございます。私なんぞは全く気づきませんでした。^^;

いいですよー他の協力希望は、よっぽど暇な誰かがよっぽど暇な時にやってやるかーのスタンスで十分です。