吉田翁墓

がらん | 2013/7/30 09:30
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天龍院墓地

大橋淡雅に認められその紹介で吉田家を継いで成功した人
東京都 台東区 谷中四丁目 3-20
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garan
吉田知義曁・妻寿賀之墓
吉田翁墓銘    東京信天粲撰文
翁諱知義、通稱吉二郎、後改儀兵衛、晩號棉蟲、本野野垣氏、尾張國葉栗郡黒田邨人、考稱祐蔵、妣鷲津氏、翁幼傭名護屋武山氏、後來江戸、傭奥田氏、并以鬻棉布為幸、適有大橋淡雅者聞翁精勤、价諸野州宇都宮吉田丹兵衛、丹兵衛妻以長女因襲其姓、未幾丹兵衛死、翁弼其兒好、助以事菊地孝光、菊地者
吉田氏本宗也、後翁復來江戸、開肆于下谷車坂・于小舟街・于大傳馬街、尋移小舟店于大傳馬街、相鄰為商、皆置主管、一曰、丹次兵衛、一曰、丹治郎、翁周旋三舗間、督彼勵此勤倹、自率家道鬱興、既而大政一新、官設府會議□、翁首應選□□金小學或予錢窮民、屢見賞奨、明治十六年往其郷里、展考妣墓、約寺僧、自今毎歳施十金、為祖先以下香火之資、乃建碑表之、招父老張盛宴話今昔曰、吾事畢矣、十九年三月十日病没、距生文化丁丑八月十五日、享年七十、葬谷中天龍院、配吉田氏生五女、一死、餘適人、孫祐治郎更稱丹左衛門承後、嘱余墓銘、乃為之銘曰、
 良賈深蔵 若虚君子 盛德若愚 惟翁不愧 斯言嗚乎 而今則無
       從五位長炗書    廣羣鶴刻字