田中大秀養老美泉辯碑

がらん | 2014/2/8 15:32
写真登録: がらん
養老の滝滝壺右
田中大秀養老美泉辯碑 宣命体 文化12建 明治31再建[臥10071]
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岐阜県 養老郡養老町 養老公園 167
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garan
養老美泉辯 印;翠蘭 藤原實則
日本根子高瑞浄足姫天皇、天下所知看斯大御代邇、美濃國當耆郡多度山爾、醴泉顕祁埋靈亀之三年登云年之九月、天皇其地爾幸行而、大御醴乎滌賀志都琉邇、御痛悉爾除古理、病人諸愈多理伎、故同年之十一月、天皇我大御命良麻許詔賜都良久、書爾、醴泉者美泉可以養老登云幣理、此者天神地祇乃、宇豆奈比福波閇奉禮琉、大瑞乃物曽登、神随母所思行觀賜弖、靈亀三年乎改弖養老元年登爲弖、御世之號登定賜使、又同年之十二月、美泉乎挹弖令献而、醴酒登爲賜比、明年之二月邇母、其地爾幸行伎、抑如此嘉賜波志斯其美泉者、今所謂多芸郡那琉養老之瀧那母其那琉、然乎御代之御紀爾、美泉醴泉登能徴記佐延而有者、其地之山口邇甚寒伎泉之在乎、其彼泉登思惑閇琉人多迦理、美泉者、宇都母那久瀧那琉由者、天璽國押開豊櫻彦天皇、天平之十年餘二年登云年之十一月、伊勢國爾幸行弖、壹志郡河口之関宮邇大坐麻志弖、還佐波美濃爾巡良斯弖、多芸行宮邇四日逗坐伎、其時御供爾仕奉禮琉、大伴宿禰東人、從古人之言來老人之、大伴宿禰家持、田跡河之瀧乎清見香從古、宮仕兼多芸乃野之上爾、登作歌以弖知良延多理、又人能子之老多琉父乎養都登云物語母、浮多琉後世之作事曽與、御世之號乃義者大詔詞爾明那琉乎夜、大秀瀧下邇到而歌曰、古邪祁那須宇麻志伊豆美登意冨伎美能伎許志米伝祁牟多岐能勢叙許禮、如此云者、文化之十年餘二年登云年之五月能望日、飛騨國大野郡高山里御民田中大秀、
 正二位勲一等公爵徳大寺實則題額  飛騨國高山 圓山東蘭書 湯萬年刻