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garan
『江戸の奇人 天愚孔平』に碑陰文の紹介がありましたので撰・書・紀年を引用しておきます
・碑陰(題字)
出雲天隆公壽藏碑記 臣孔平信敏撰文
 (本文略)
  安永七年歳次戊戌春三月 藤山惟熊書並篆額
garan
コメントありがとうございます。
garan
こちらも画像出てきましたので貼ります
親マップ: かっぱ河太郎 by winecolor
garan
こちらも画像貼ります。位置を修しました。
・画狂老人卍墓
辞世  ひと魂て ゆく氣気散しや 夏の原  行年九十
親マップ: 葛飾北斎の墓 by winecolor
garan
以前参詣した時の画像が出てきたので貼りました。
親マップ: 葛飾北斎翁像 by winecolor
garan
おはようございます。
足代「弘」訓かと。
garan
鸚鵡岩 2019元旦
鸚鵡岩 2019元旦
万歳楽と福餅の配布の神事が行われていました。
garan
句碑がたくさんある場所ですね。標柱に題字揮毫者の名が見えてましたのでタグ貼らせていただきました。秋田で開業した医者で書家としても名が通っているそうです。彼の揮毫はほかにもあるかもしれませんね。
garan
何ゆへに くだきし骨の なこりぞと おもへバ袖に 玉ぞ散りける
元政上人(日政;石井元政)?
親マップ: 無縁碑 by winecolor
garan
陟州東海碑 
陟州東海碑
 州古悉直氏之地、左獩墟、南去京都七百里、東臨大海、
                都護府使孔岩許穆書
瀛海漭瀁 百川朝宗 其大無窮 東北沙海 無潮無汐 號爲大澤 積水稽千 渤遹汪濊 海動有曀 明明暘谷 太陽之門 羲伯司賓
析木之次 牝牛之宮 日本無東 鮫人之珍 涵海百産 汗汗漫漫 奇物譎詭 宛宛之祥 興德而章 蚌之殆珠 輿月盛衰 蒡氣昇霏
天吳九首 壞夔一股 颱回且雨 出日朝暾 轇軋炫慌 紫赤滄滄 三五月盈 水鏡圓靈 列肅韜光 溥桑沙花 黑齒摩羅 撮髻莆家
蜑蠻之蠔 爪蛙之猴 佛齊之牛 海外雜種 絶黨殊俗 同囿咸育 古星遠德 百蠻衆譯 無遠不服 荒哉凞哉 大治鑛博 遺楓邈哉
顯宗二年、先生來守是邦、撰篆東海碑、立於汀羅島、爲風浪激沈、先生聞而改書、今參考兩本、大字用寫本、小字用新木刻、竪于竹串島、時 上之三十五年己丑春三月也、
garan
左側の碑文も気になります。
garan
こんにちは
この碑は上部が欠けているようですね。碑文によると「芲冡=花塚」、花の異体字の「芲(茶の下が匕)」の下半分から残っているようです。塚も異体の「冢」とするところをあやまって「冡」と書いています。

芲冡
松月菴のぬしハ、柿花を好ミ、都あたりの旅寐せしも、千住松
亭の流にさかのほりぬ、其門に遊ふもの少からす、ミな尊みて、霜に
しほまぬ、松の葉の千代にと契りしか、嵐は花と、幻の世□去りし、
夏草しけき、あら野の露と変り行、三歳の秋も、いとはやに
巡り來て、猶そのおもかけ□忘られぬ、尤か□の人ことに、一瓶の花を
手向つヽ、この思ひのたヽにやまんも、本意ならてハ、一坏の土(?、以下剥落)
花塚となんとし、石を建て同志の涙を、さヽけ侍るや、(剥落)
     文化十年癸酉八月  左右宜齋老人書(剥落)

芭蕉を祖とする松月菴という俳人の三回忌の供養塔といったところでしょうか。松月菴はどなたかわかりませんでした。
garan
こんにちは
「舟の行く」というテキストもあるようですが、画像を拝見すると変体仮名の「と(都)」のようです。

卯の花を 手折はつミや 舟のとく 玉良
うつくしと 知に・・・・ けしの花  蝶山
眼に殘る 其俤を 蓮の露  蝶有
露ハみな 蓮の臺に 登りけり  有柳
garan
ナカジンさま はじめまして
 ここのお寺は門前までお邪魔しているのにこのような墓碑があるとは存じませんでした。
 さて「三峰」は画像を拝見すると「玉峰」のようです。深川の書家、田中氏。名爲則、字翼、元日本橋木原店住人。
 画像が鮮明なので碑文も読んでみました。

出井考盤之墓・出井哲齋之墓
庶芟稍怠桀々滋長者稂莠也、播種培養猶患枯槁者嘉苗也、天何以厚稂莠、而薄嘉苗乎、抑将理數之自然、雖造者有不能如何者耶、君諱和、字悌順、出井元愷之長子也、幼従木村子明受句讀、稍長従先君子學焉、渉獵百氏、能詩及文、同社稱作奇才、惜哉、天不假之年、以文政九年正月五日病卒、享年纔十有九、葬于牛込之里法性寺、嗚呼、嘉苗不殖、稂莠弥畝、彼蒼者獨何心哉、太田敦謹撰、玉峰為則書、 印;為則之印 玉峰居士

出井氏女元之墓
元予之第一女也、文化二年乙丑閏八月二日生、五年戊辰六月病死、年僅四歳矣   父悌三建

           ┏女(元)
  考盤(元愷悌三)━━━┻哲齋(和、悌順)

哲齋は元愷の長男で太田晴軒の先君子(父の錦城)の門に入り奇才と称されたがわずか十九歳で亡くなった。
考盤は元愷のことでしょうか。元愷は大田錦城の『九経談』や『梧窓漫』『鳳鳴集』の序などに「出井元愷悌三」と見える人で錦城の高弟でしょう。
元愷悌三長女の「元」は文化五年に四歳で病死していますが、逆算すると弟の哲齋がこのころ生まれています。
 また面白い碑像UPをよろしくお願いします
garan
碑面の画像ありがとうございます。天保飢饉に官庫を開いたみたいな書き出しですが、文章が途中で終わっています。碑陰は文字がないようですので右側面に続いてるんでしょうが、立ち入りできないようですね。
訳読した資料があるようですが未見です。
秋田市声体寺亀趺碑訳読 国会図書館サーチ
http://iss.ndl.go.jp/books/R10000000...
親マップ: 聲体寺亀趺碑 by がらん
garan
玄玄
ジュン・スズキの作で南口の「合体」(未見)陰陽一体だそうです。カメラ故障でプレートなど撮れてません。
親マップ: by route507
garan
掛川駅 二宮尊徳像落款
落款があったが誰と特定できずにいます。
親マップ: 二宮金次郎像 by winecolor
garan
日坂成瀬家略系図
〇成瀬正義(犬山城主)
   ┝━━━━━┳━━正成                 曉心翁
   妙意 ┗━━正義(二世)━━宮内衛門━━〇━━〇━━〇━━〇━━忠兵衛━━┑
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┣━━━温────────辰平
┣━━━松浦善十郎
┗━━━辰平 ↑ 

〇成瀬正右衛門──温(大域)━━━宗平

 ※始め温が継いだがのち弟の辰平に譲り、温は書に長けた正右衛門の嗣子となり、のち子の宗平に譲ると明治初年東京に上り安井息軒の門に入る。明治8年宮中出仕、明治12年、勅命によって『集字聖教序』を模して献じ、明治天皇より楠木正成の遺物尚方硯を賜り「賜硯堂」と称す
garan
業海淊淊淮見願舩幸遇波破
時津梁道開釋迦遠出現期
待弥勒遲六字稱來酒肉嘗
三衣着得妻児帯眞言之教宗
意思知否唯西方向大慈仰 天風(押)

それ生命の真相は水火侵し能はず又不滅
の絶對なり人此信念に安住せば肉の呵
責も人の世の非業も夢幻の如くに消へ
失せて無陀無上の歓喜の世界現は
れん   丙子釈日 □一道人天風喝
garan
江戸の殉教者顕彰碑江戸の殉教者顕彰碑江戸の殉教者顕彰碑江戸の殉教者顕彰碑
説明板など画像貼ります。
garan
※五筆とは五筆和尚=弘法大師空海。雲海は尾形氏。大師流四十三世。陽宜は諱か。書画集覧 次第不同 1889(明治22) 明治大見立改正新版書画集覧次第不同 1892(明治25)増補古今書画名家一覧 1911(明治44)に書家として名が見える。門人植竹雲邦(1871-不明)が四十四世となる。
garan
菊池海荘墓碑道標 2018.9
下のほうが剥落していました
garan
化粧地蔵尊化粧地蔵尊化粧地蔵尊
ご詠歌の額がありました
・奉納 西方地藏化粧地藏尊 玉鳳寺
はなのいろ さもあらば あれたまづさの
 たえぬひかりや ごぼさつのかげ  大正10
garan
佐藤氏祖先墓表
佐藤忠恕業已為定府於江戸、而其先高曽之塋皆在河内、武蔵之距河内百里而遠、春秋之祭無所展其墓、蒸蒸之思無由致其誠、於是乎乃立石於箕田長松寺中、以為望祭之表、即命其子貞卿謀余以志其事、余曰、佐藤氏其猶行古之道也夫、或曰、禮云、祭于墓非古也、古者墓不脩、然則佐藤氏或非邪、曰何為其不可邪、亦出人情之不可已也、周有展墓之儀、漢有上陵之禮、晉脩洛陽諸陵、陵墓豈不修而可乎、
皇朝有大事、則必使使者告橿原志賀之陵者、亦古之遺哉、且望祭者趙宋已有其事、臨安淨慈寺後營望祭殿差宮望祭西京諸陵、然則佐藤氏斯擧豈謂不然邪、夫墓祭雖云非古周已有之、今而視之豈不古乎、佐藤氏之果行古之道也、盖佐藤氏自永正間仕于 北條氏、為世臣迨乎、天正之季小田原不守祖主膳、君實従 松巗公於高野山同其辛蟄矣、慶長中 侯家改封于河内、主膳君亦従而家于狹山、爾來世世為河内人、而仲恕君以舊徳温厚、長者召至于江戸累勤積勞為 侯家老、故為定府云、貞卿名元良、好文而材克家之器也、與余同學于豐洲先生、憲己志其事因為之詩曰、
我孝我享爰思厥祖、厥塋安在河閖山阻、邈矣河内維 侯之封、我祖我曽式始式終、吾命于 侯爰遷于東、望祭雖遼靈鍳在天、神保是歆孝思攸宣鐫、斯貞珉視後不愆、、
文化丁丑冬十二月佐藤良忠立石
        駿河 山梨憲撰
        東都 町田救書
garan
徂徠物先生之墓
嗚呼大東物先生之墓也、嗚呼先生、復學於古、歸道鄒魯、博窮物理、立言修辭、德崇名垂不朽莫大焉、嗚呼先生出也、如日之也、乃影之及、無所不照其朦焉、嗚呼、實出先生天位可知也、其爲人其行状、弟子識矣、享保戊辰正月十九日、六十有三卒。姓物部、茂卿以字行、銘曰、
洋洋聖謨 世用惑久 天降文運 斯人云受 乃化乃弘 徽猷維厚 大業已成 日新富有 瑕其不壽 天奪斯人 匪天維奪 有司列辰 嘻我小信 瑕能孚神 盛德不朽 永于牗民
元文四年己未秋七月、門人朝散大夫藤忠統撰、源君岳書
(参考;中田勇次郎 「本多猗蘭侯と荻生徂徠」 - 大手前大学・大手前短期大学リポジトリ)
親マップ: 荻生徂徠の墓 by がらん
garan
お疲れさまでした。石碑といえども減ってくもんなんですね。
garan
本郷給水所公苑
鳩の群像に混じって餌やりのお父さん
親マップ: 『道標・鳩』 by がらん
garan
コメントありがとうございます
garan
ゆひもぐさま 諸々画像ありがとうございます。この夏は秋田一躍脚光を浴びましたね。見たい碑像が増えると思います。
 
garan
川勇次郎君碑
君文久二年二月二十日を以て大垣に生る藩士清水恒右衛門君の第二子後同藩士立川清助君の嗣となる。君助にして頴悟成童より育英の事に從ひ旁ら法律の学を修め弱冠にして辯護士試験に登第し明治十九年業を東京に開き頗る令名あり夙に時運の大勢を洞察し飜然決意身を電気事業界に投じ同卅二年京浜電気鉄道会社を創設す実に関東に於ける電気鉄道の嚆矢たり尋いで東京電力会社を起し水力電気事業に先鞭を著け又照明の忽にすべからざるを察し同志と共に東京電気会社を組織して電球の製造に一生面を開き或は支那に対する電気企業の必要に着目して支那興業会社を創立し或は電気博覧会を開催して電気の知識と応用との普及を図り或は日米両國電気企業家提携の緊切なるを覚り老躯を挺して米國に航し四方に勸説して陰に國交に稗補せるが如き斯界の開発進展に努力せること枚挙に逞あらず就中雨宮敬次郎と力を協せ東京市街鉄道会社を創設し紛々たる群議を排して乘車賃金三銭均一論を提唱所謂均一制度を確立せるが如きは盖し我國交通史上に特筆すべき偉績たり更に東京大阪間に高速度電気鉄道を企畫し交通上に新機軸を出さんとし明治四十年以来廿年一日の如く其の達成を期して止まず亦以て君の志の遠大なりしを知るべし晩年郷里に養老鉄道会社を創設し後揖斐川電気会社を経営するや其の動力を電気に改め又大阪への送電を決行して長距離送電の濫觴を爲し志
業略成るに垂んとして大正十四年十二月十四日病を得て東京に歿す君資性剛穀果断事に当りて惑はず一路所信に直往し毀誉得喪亳も意に介せず活眼時勢の趨嚮を観企畫概ね一世に先んず其の事に從ふや精励其の人に接するや和沢浚迺の誘掖を受くる者皆其徳に服せざる莫し君忙裏閑あれば乃ち園芸謡曲に悠游せるが如き亦以て其の爲人を想見すべし今や君逝きて三年君を追慕するの士胥謀り君が事功行状の梗概を叙し碑に勒して養老山麓に建て以て後昆に傳ふと
伯爵戸田氏共篆額 文学博士 南條文雄撰文
百錬 大野鐵書 昭和二年十二月十四日
garan
・書をよむ上の事ともをくさゝゝ思ひつゝけたる歌 宣長
よるひるの 唯しはらくの いとまをも いたつらにせて 書をよむへし
をりゝヽに あそふいとまは ある人の いとまなしとて ふみよまぬかな
書よむを たゝむつかしき ことゝのみ 思ふはよまぬ 故にこそあれ
garan
ゆひもぐさま 画像ありがとうございます。碑文も読んでみたいですね。
親マップ: 聲体寺亀趺碑 by がらん
garan
chakayaanさま こんにちは
二七市跡の碑は中央橋の入り口に移転していました。
http://hizou.30maps.com/map/205353
また道場跡の碑は松島屋の駐車場にありました。
http://hizou.30maps.com/map/205367
garan
谷中霊園 中里家墓所跡地(2018.8)
更地になっていました( ノД`)、
親マップ: 中澤重信墓所 by がらん
garan
yanahanさま 画像ありがとうございます。
garan
コメントありがとうございます。大きさ世界一だとか。拝んでみたいですね。
garan
winecolorさま 暑中お見舞い申し上げ候。
碑文書き起こしてみました。

大久保君、以天保元年庚寅八月十日、生於
鹿兒島城下下加治屋町、此處、即君之宅址
也、我輩與君同郷里、得其風采徳音於晃聞
之際、景仰欽慕不能自止、恐歳月之久、遺蹟
或歸湮滅、於是相談建一碑、以傳永遠、庶幾
後之生長此地者、有所感發興起焉、
  明治二十二年三月二十日建
garan
ゆひもぐさま おはようございます。
篆額は「列格記念碑」とあります。社格がついた記念碑でしょう。
garan
chakayaanさま こんにちは
 五大尊に調べものに出かけたときにchakayaanさんの貼ったこの石を見たくて寄ってみました。ちょっと位置が違うようでしたので修しました。左隣のお宅は更地になっていました。
 近くの八幡神社の猿田彦日も同じような孔石でした。
http://hizou.30maps.com/map/202516
 奥多摩むかし道の弁慶の腕抜き石
http://hizou.30maps.com/map/203473
親マップ: 聖徳太子碑 by chakayaan
garan
地蔵尊となっていますがよくよく観察すると文字馬頭尊と馬頭観音像でした
garan
狸以外の像もあるらしいがチェックしただけで未見です( ノД`)
garan
身代わりらしき大仏レプリカがあるがもとに石仏があったかどうかは未詳
親マップ: 佛龕 by がらん
garan
堕落之魂さま こんばんは
数年前の画像が出てきたので貼りました。
garan
撤去後
なかなかの碑だったのに撤去されていました(2018.6.)
親マップ: 服部子観墓銘 by がらん
garan
画像と情報ありがとうございます
garan
画像と情報ありがとうございます。行方気になりますね。
親マップ: 鳩を持つ少年 by がらん
garan
色川家之墓色川家之墓色川家之墓
色川家之墓
garan
標柱が新しくなっていました。
garan
諏訪神社鳥居建設献納者
副碑がありました
garan
コメントありがとうございます。おかげで画像がダメになっているのに気が付きました。新画像に差し替えておきます。
親マップ: 那須國造碑 by がらん
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